社員は一流、経営は三流

会社の不祥事が発生すると、大抵このように言われることが多い。

 

同族会社でもなければ、会社の従業員の中で優秀な人が昇格し、やがて役員となって経営を担ってゆくのが普通であろう。つまり、優秀な選りすぐりの人間の集団が経営陣のはずだ。なのに何故、経営は三流となってしまうのか。


仮説として、経営陣は優秀な人の集まりではなく、「優秀だった」人の集まりだと考えてみてはどうだろう。過去形だ。今は優秀な人達ではないということだ。


なぜ優秀でなくなってしまうのか。地位・名誉・高額な報酬に伴い人格が劣化する可能性は充分考えられる。また、元々実務で優秀であった人達ではあっても会社経営においては凡人だった可能性もある。求められる資質が違うというのはあるだろう。どちらであっても、今現在において優秀でない人達が経営を担うことになってしまう状況は何とかならないものだろうか。

 

有名企業であっても、経営陣の多数が資質のミスマッチと人格劣化の両方を兼ね備えていてもおかしくない。きっと、そんな会社は多数ある。不正会計、データ偽装、飛ばしにチャレンジ・・・。枚挙にいとまがない。昨今の日本企業の国際競争力の低下は”経営陣の育て方”が分かっていないからに違いない。